大都市の景気回復から地方が取り残されていく。その縮図が国境の島にある。人口3万9000人の長崎県・対馬。かつて真珠養殖やイカ漁で繁栄したが、今は多重債務にあえぐ。自殺率は10年前の3倍に増え、昨年は18人に上った。企業の撤退、三位一体改革による公共事業削減、金融機関の破たん……。生活に困窮した島民が最後に頼るのは、消費者金融だった。【多重債務取材班】
深い山を背にしたつづら折りの海岸線に真夏の日が照りつける。7月末、山間の畑で50代の夫婦が草を刈っていた。「こん島じゃ、借金でもう何人死んだとやろ」
真珠の母貝を養殖していたが、親会社が業績不振で撤退し、5年前に廃業した。副業の土木仕事も国の補助金削減で細った。生活費に困り、妻は消費者金融に電話をかけた。金利は高く元金は減らない。月15万円足らずの収入から5社に計12万円を返すようになった。
今年5月、弁護士に相談し、利息制限法を超えるグレーゾーン金利での支払いは取り戻せることを知った。「やっと暮らしていける」と安堵(あんど)したのもつかの間。知人の連帯保証人になっている妻に、漁協から1500万円の請求がきた。水揚げは年々減り、ガソリン代は高騰。漁に出れば赤字になる日もある。お互い保証人になり漁協の融資を受けている。「タコが足ば食うようなもん」。夫婦にはもう自己破産の道しか残されていない。
入り江の民宿「公船荘」はこの日、客は記者1人だけだ。「銀行がもうちょっと返済を待ってくれとったら」。経営者の黒岩二三男さん(61)の妻通子(ともこ)さんが自ら命を絶ったのは昨年暮れのことだ。
夫婦の貯蓄と銀行の融資3000万円で12年前に開業した。しかし、不況とともに、観光客の足は運賃の高い国内の離島より海外へ向かう。経理を任されていた通子さんは夫に相談することもなく、資金繰りに奔走した。消費者金融4社にも約800万円の借金があると夫が知るのは、自殺後に取り立ての電話が鳴り続けてからだ。
黒岩さんは個人民事再生手続を申請し、経営を続けている。「妻は民宿に懸けとった。ここだけは守ってやらんと」。夫婦で磨きあげたヒノキの柱を見つめた。
県内では6年前に信用組合が経営破たん。融資業務を行う漁協も自己資本比率10%の達成を義務づけられ、貸付残高はこの2年間で16億円も減った。昨年は地銀が2年連続で金融庁の業務改善命令を受けた。貸し渋りや貸しはがしを受ける人が増えた時期と重なる。
5月中旬。島中部の公民館で無料法律相談会が開かれ、30人近い島民が詰め掛けた。消費者金融5社から融資を受けた建設業者の妻は疲れ切っていた。「返済のために借りる繰り返し。悔しくて悔しくて……」。島唯一の法律事務所にも昨年9月の開設以降約150件の相談があり、4分の3を多重債務問題が占める。大出夏海弁護士は「ここでは消費者金融がセーフティーネットになってしまっている」と言う。
島の中央にある3店の大型パチンコ店は平日も駐車場がいっぱいだ。向かいに、大手消費者金融3社の無人契約機が並ぶ。島で栄えている業種は他にない。
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戦後最長の「いざなぎ景気」超えが確実とされる日本は自殺者が8年連続3万人を超え、うち8000人を「生活・経済苦」が占める。多重債務問題が深刻化する中、国会ではグレーゾーン金利の撤廃論議がヤマ場を迎える。格差社会で何が起きているのか報告する。
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◇求人倍率0・18
長崎県の有効求人倍率は0・63倍(今年6月)と全国最低水準で、国の特別対策地域に指定されている。対馬市は県内で最も低い0・18倍。自治体の借金に当たる地方債の発行残高は1人当たり160・4万円(04年度末)で、政令指定都市などを除く全国の市で最多。昨年の人口10万人当たりの自殺者数は46・3人に上り、全国平均の2倍近い。
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毎日新聞 2006年8月12日 東京朝刊